気ままに・・・

日々のつぶやき
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母の事

昨日の晩ご飯
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・豚のキャベツ巻
・春雨サラダ
・ニラだれ奴
・ぬか漬け
・大根のきんぴら


先週は本当にバタバタしていた。

火曜日に友人のお父さんのお通夜に行ったのだが、

木曜日に別の友人のお父さんが旅立ってしまった。

やはり病気だった(癌)のだが症状が急に悪化したようだ。


金曜日は義父の入院で今日は手術の日だった。


続けて友人のお父さんが旅立ってしまい、もう唖然としてしまって・・・

 
命は本当にわからないものだと思い知った。


この間の私のブログにコメントしてくださった皆様、いつもありがとうございます。

返事が出来なくてごめんなさい。

失礼ながら、コメントの返事がてらに親のお話を少ししたいと思います。



親の死って辛いですよね、本当に・・・。

でも、『ホッとした』と言う気持ちも私もわかります。

私の父は初め胃癌と診断され胃をすべて取り除き、次は肺癌で肺を切除し、最後は肝臓に回り

もう手術が出来ないとの事でした。

父は頑固で口数が少なく怖い存在。

私は父と良くぶつかりケンカばかりしていた。

そんな父が病気になり気弱になったのを見てすごく寂しくなった。

母はパーキンソン病になりやがて痴呆症になっていきました。

痴呆症になり始めた時、やはり私はショックでどうしたらいいのかわからず、

ただただ、これ以上悪くならないでと祈る日々でした。

その時、私の親友が言いました。

『ドラミ、これからあなたは親の事を煩わしく思う時がきっと来るよ。ご飯を食べさせ、おむつを取り替え、お風呂に入れて・・・毎日大変だよ。それでもドラミは仕事をしなきゃならなくて家事もしなきゃならなくて自分の息抜きがうまく出来ないからきっと息詰まる。
でもね、もしめんどくさいとか思っても絶対自分を責めちゃダメだよ。生きてるって観音様じゃあるまいし嫌な感情もあるのが当たり前なの。でも身内に愚痴を言うと揉め事が起きるから、息が詰まったり、嫌気がさしたりしたらいつでも私に愚痴を言いなよ。たとえいなくなってくれればいいと思ったとしても、ドラミは悪くないの。それが正常に生きてる証拠。非情な人間なんじゃなくて正常だって事忘れないで!』

そう言われた。

衝撃的な言葉だった。

でも、その親友は長年寝たきりの身内を介護しているからこその言葉だった。

だから私には心に響き『ありがとう』と言った。

正直、何度その言葉に救われたかわからないほど介護は大変だった。

でも、その言葉があったから私は頑張れたんだと思う。

そして優しい気持ちにもなれたし、今日は手抜き料理でいいか!なんて思えるようになって

逆に自分を責めないでお手伝いやホームヘルパーなども積極的に利用した。

費用もかかるのでもちろん家計は圧迫したが、私が倒れては困るから適度に取り入れて

私自身もたまには息抜きが出来る様にしてきた。

なにより旦那や子供たちが一番協力してくれた。

その頃の晩御飯なんて9時なんて早い方だった。

まだ学生だった子供達も、自分で何か作ったりして

私に『遅い』なんて文句は誰も、一度も言った事もないし、

手抜きでも、何もしないで寝てしまっても黙って見守ってくれていた。

だから出来た介護。

まだ完全にわからなくなる前、たまに正常に戻る母。

『ごめんね、ごめんね、苦労かけてごめんね。私を見捨ててくれ!』と大泣きしていた。

自分で体を傷つけた事もあった。

私にとって痴呆症になったばかりの頃はどうしていいかわからなかったが、

正常に戻ると母がどんなに辛いのかが伝わって来て私も辛い気持ちになった。

わからない方が笑ってくれるから、母が辛い気持ちにならないから

もう正常に戻らなくていいと思った。


私が赤ちゃんの頃、おむつを替えてくれたのは母。

離乳食を作って食べさせてくれたのは母。

お風呂に入れてくれたのは母と父。

よちよち歩きの私の手を引き一緒に歩いてくれたのは母と父。

肩車してくれたのは父。

おんぶしてくれたのは母と父・・・。

やってもらった事を私はしただけ。

そんな風に思えたのは

親友に言われていた言葉のおかげだと思う。


皮肉なものでやっと慣れたころ、わかって来たころ

父も母も旅立って行ってしまった。

長くなればなるほど、介護も大変で辛いものになる。

私は5年位で終わってしまったから、きっとそれは幸せな事だと思う。

私は優しいんでもないし、出来た人間でもない。

普通の当たり前の感情を持った一人の人間。

だからやはり思います。

健康であっての長生き。

本当にその通りです。

私も子供たちに迷惑かけたくないと思う。

もし迷惑をかけても半年以内で終わりにしてやりたいと思う。

でも、わからなくなったらどうしようもない。

医学が進むのも良いばかりではないのかもしれない。

でも、やはり義父母には長く生きていてもらいたい。



もう父ともケンカも出来ない。

もう母の料理も食べれない。

やはり寂しい・・・。


だから義父母にはいつまでも元気でいてもらえるように願う。



文章がうまくなくてごめんなさい。

親の旅立ちはやはり辛いけど、

その旅立ちの前にはそれぞれの物語がある。

物語の最後には色んな終わり方があって、どれが良いのかなんて誰も決められない。

でも、誰でも必ず終わりがある。

少しでも納得のいく終わり方にするにはやはり

自分自身が日々を大切にするしかないんだよね。



そして良き理解者が居る事が幸せの鍵。




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Comment

No title
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いいお話、ありがとう!
大変でも一生懸命やると幸せだったと振り返られるのかも。悔いのない人生って言うのが一番大切なのかもしれない。☆☆☆パチ
2011年07月12日(Tue) 12:57
No title
編集
ドラミさん こんにちは♪

照り具合が めちゃ美味しそう~
巻き巻きは私も大好きなおかずだわ^^

身内を亡くした悲しさ・・・ よく分かります。
私の妹も癌でしたので 危篤になったときは
神様 早く苦しみから解放して上げて下さいって祈りましたよ。
介護だって、本当に大変なことです。
家族が大変です。
私もこれから歳を取っていくわけだけど、健康第一と常々思います。
病気になったら 子供たちに苦労をさせてしまうし・・・
逝くときはコロっと 逝きたい。
あっ・・・ 変な話になっちゃったけど、
ドラミさん お疲れが出ませんように。

>お忙しい中 ありがとうございました^^
久しぶりのゴーヤーでした~
でも まだまだ高くて 去年ほど食べていません(T_T)

2011年07月12日(Tue) 15:34
No title
編集
こんばんは!

ドラミさんの記事を読んで私でも少しは親友の愚痴の
はけ口になっていたのかなと思いました。

気持ちがいっぱい一杯のときのはけ口や
家族の協力って絶対に必要ですね。

そんなドラミさんだからこそ義父母さんともうまく
やっていけてるんだと思います。

今日、大阪は小雨で過ごしやすいですが
ドラミさんもご多忙のご様子。

無理せずに行きましょう~♪
2011年07月12日(Tue) 17:41
へちまタワシさんへ
編集
そうですね、色々あってもマイナスに考えず良かったと思う気持ちが大切なかもしれないですね。人はどうしても楽しかった事より辛い事の方を強く記憶するそうです。だからこそ、自分自身で楽しい事を考えたり、楽しかったと思う事が一番なんですよね。
2011年07月12日(Tue) 20:04
manaさんへ
編集
本当に身内とのお別れは辛いしいつまでも引きずってしまいますよね。
健康あっての楽しい人生だから、無理せずにいかなきゃですよね。
そのためにも自分自身を思いやる気持ちも大切なんですよね。
2011年07月12日(Tue) 20:12
おかんさんへ
編集
そうですよ、きっとおかんさんがいてくれて親友さんは何度も救われていたと思います。そばに着飾らすに素直な気持ちを言える人がいて、理解してくれると言うのは何よりも勇気をくれます。家族の理解もそうですよね。一人じゃないって思える強さは色んな困難を乗り切るのには一番の支えになりますよね。
私も親友に勇気をもらったように少しでも誰かに勇気を与えられる存在になりたいと思っています。
おかんさんも忙しい日々だから、体には気をつけて下さいね。
2011年07月12日(Tue) 20:23












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